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自転車旅行33年前♪

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昨日、高校時代の友人である 鷲谷君が、突然ネットからお米の注文をくれました。(^^)
名前をみて、えっ♪・・・びっくり・びっくり・・・と同時に懐かしくて
今日、昔を思い出していました(^^)
現在、彼は 町田市木曽町でバイクとマリンジェット扱うお店を経営とか♪
お客さんとのツーリングを企画中に 私の事を思い出してくれて・・・・
ネットで 見つけてくれたようです。うれしいですねぇ~♪
そのうちに 遊びにいくよぅぅ(^^)♪♪

彼とは、高校2年の夏休みに 自転車で札幌までいった思い出が大きいですね♪
行程は7~8日だったと思うけど とても大きな思いでです。

たしか、夏休みが始まった7月下旬に能代市の彼の家を朝に出発したと思います。
その日のお昼頃に 初日から雨に降られて 大館市手前の大きな木陰で雨宿り・・・・
この時、不安に駆られながら あんパンを昼飯に食べたような(^^)はははっ
今でも、その道を通るときは 「この辺だったかなぁ~」と必ず思い出しますね。

そして、いくつもの大きな峠を越えて・・・・
青森に着いたのが 夜中の0時近かったような気がします。
まだ、高校生だし野宿の経験も無かったから、2人で相談して・・・・・
たしか交番のお巡りさんに「交番の横で 野宿させてください」と頼んだら
やすい素泊まりを紹介されて、そこで、泊まったと思います。はははっ(^^)

フェリーの時間が早朝だったので、宿の人に「ありがとうございました」と
置き手紙してきた記憶がある。
そして、フェリーで室蘭へ♪・・・・洞爺湖でキャンプしたような気がするけど 情景が浮かんでこない(^^;

その次の日が 羊蹄山を背中にして走り続け・・・ 積丹でキャンプしたような気がする?
確か・・・1日100~120㎞ぐらい走ったような気がする。
重たい荷物を積んでの走行だし、峠も多かったからなぁ~(^^;

積丹では、明日の札幌入りを考えて・・・・海に入って体を清めたような気がする・・・はははっ
この夜に 狭いテントの中で、二人ともおならを漏らして・・・「同じにおいがする♪」と
大笑いした様な(^^) 同じ物を食べていたからねぇ~はははっ

翌日は、いよいよ札幌の我が家の親戚に到着。そして、大変世話になりました。
札幌の親戚に到着後、すぐに「さぁ~さぁ~ お風呂に入って♪」と・・・
明るいうちからお風呂にいれられ・・・、夜は、ビール園でジンギスカンをごちそうになった。

はははっ 後で 聞いた話だが・・・札幌到着時は かなり汚かったらしいぃぃ♪
後日、親戚のおばさんが、笑って教えてくれた(^^)
せっかく 2人で考えて 海で清めて行ったのにぃぃ・・・・はははっ

その後は、同じようなコースをとって、能代市のまで帰ってきたとおもうのだけど・・・・
どうしても 思い出せない。 まぁ~ そのうちに出てくるだろうぅ♪

能代市の彼の家に着いたのが、夕方暗くなってから・・・・
迎えに来ていた 私の親父と彼のおばぁ~ちゃん?(だったと思う)との会話が
印象に残っている。
父・・・・・・・・・・・・・「交通事故とか、心配じゃありませんでしたかぁ?」
確か?おばあちゃん?・・・・「なぁ~に 事故なんか 畳の上にいても起こるからねぇ~♪」

高校時代の大きくて楽しい思い出である。

この記憶・・・・ 合っているかは?・・・・ちょっと心配(^^;


 

コメント (42)

わしや:

私の記憶によれば、6時頃能代の家を出発し大舘のあたりの橋の下であまやどり、青森に着いたのは9時半頃、紹介してもらった駅前の宿は満室で断られたが、その宿に紹介してもらった裏路地のやどに10時ごろつき素泊まりならといってとめてもらった。やたら小さいお風呂だった記憶がある。

あのときのフェリーは大揺れに揺れて二人でトイレで吐きまくった。室蘭から洞爺湖にむかい、湖に着いたのが夕方頃、
そこで地元のひとにキャンプ場の場所を聞いたら10分か20分で着くと教えられた方角へ1時間走っても着かない。途中視界3メートルぐらいの経験したこともないような濃霧にみまわれ、キャンプ場に着いたのが8じすぎ。なぜか?逆の方向を教えられほとんど洞爺湖を1周走らされたためだった。トホホ。

僕には積丹の記憶はほとんどなくてキャンプして海にはいったのはたぶん小樽の砂浜だったと思う。人がたくさんいた記憶がある。
札幌では大変お世話になりました。ビール園でのジンギスカンが忘れられず2年前に行ったときによりました。

札幌から支笏湖へいきそこでキャンプ。20張りぐらいあったテントが全部朝にはいなくなっており、高台にいた人にきいたら夜中から明け方にかけて大雨が降り、皆避難したと言っていた。僕らのテントだけ無事だった。横を水が流れた跡がありあぶなかった。テントの周りの堀を深く掘っていたのがよかったと思う。ボーイスカウトが役に立った。

支笏湖から青森までの記憶はまったくありません。
青森からは海岸線へむかった。深浦、八森をとうりきれいな夕日を見ながら二人ともものすごいペースで走った。もうすぐ帰れるうれしさで興奮状態だったとおもう。30キロを40分ぐらいではしった。

途中から家に電話した。帰ったら何が食べたいかと聞くのでウナギと言っておいたらうな丼を二つ取っておいてくれて食べたと思う。

出発まえに親父に北海道に行くから自転車を買ってくれといったらだめだと言われた。当時自分の乗っていた自転車は中1から乗っていたボロボロのセミドロップハンドルのしかも24インチの5段変速のやつでこんなので北海道へいったら絶対帰ってこれないような代物だった。自分は自分で行く気満々だったので、じゃあこれでいくからいいや、と親父にいうとさすがに心配になったらしく、2,3日して買ってやるといって買ってくれた。ブリジストンのロードマンで4万円ぐらいしたと思う。当時とすれば大卒の初任給位か。簡単にうんと言える額ではないね。いま思えば。

あの夏のことはすべてがかけがえのない思い出です。
ただひとつ残念なのは、カメラを持っていかなかったので映像が何一つ残っていない。残念!!
メールを打っている最中にお米が届きました。早速今晩食べようっと。 町田へ来たらぜひ寄ってください。町田街道沿いでわかりやすい場所にあります。再会できる日を楽しみにしています。じゃあね。  


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2007年11月19日 19:29に投稿されたエントリーのページです。

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